サタネプ☆ベストテンで紹介
●愛する人に裏切られ3億円の負債
ピンク・レディー 未唯mie
1958年、静岡県に生まれた未唯mie
父と母、そして弟の4人暮らし
厳格だった父は砂利採取業の仕事をしており、比較的裕福な家庭に育った
欲しいものは何でも買ってくれた父
しかし未唯mieが本当に欲しかったのは父の目を気にせず使えるお金
未唯mieはお小遣いに「自由」を感じていた
15歳、友人と映画を観に行く時でさえ父に相談
そしてお金以外でも息苦しかったことがある
母「これからお付き合いしたい人も現れると思うけど、最初にお付き合いした人と結婚するのよ」
父「お前が大人になったら婿を見つけてやる。隣に家を建ててやるからそこに住みなさい」
傍から見れば裕福で幸せな家庭
しかし未唯mieの心には自由が欲しいという切なる思いでいっぱいだった
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そんな彼女にはひとつの夢があった
それはプロの歌手になること
幼い頃から何よりも歌が好きだった未唯mieはプロの歌手になれば自由になれる…と感じていた
高校3年生の時に、同級生だった増田恵子と出場した「スター誕生」で見事合格
プロとしての第一歩を踏み出した
こうして息苦しい実家生活から解放された
1976年、デビュー曲「♪ペッパー警部」は60万枚を売り上げ、第18回レコード大賞 新人賞を受賞
「♪S・O・S」は65万枚の大ヒット
こうして衝撃てなデビューを飾ったピンク・レディー
生活は一変し、常人では考えられない多忙なスケジュールを極めた
現場から現場に向かうまるで嵐のような毎日の中でとれる睡眠時間は1時間半
不規則な生活で体調管理もままならない未唯mieの体は常に微熱が続いた
●大卒の初任給が9万円に対し、未唯mieの1年目の給料は5万円
初めて自由に使えるお金を手にした
少ない給料の中から毎月1万円を親に仕送りとして渡していた
1977年、「♪渚のシンドバッド」は売上100万枚を突破
「♪ウォンテッド」は売上120万枚を達成
オリコンチャート12週連続1位を記録した
「♪UFO」は150万枚を売り上げ、第20回日本レコード大賞を受賞
●デビュー2年目の給料は15万円
1978年、「♪サウスポー」はオリコンチャート9週連続1位を獲得
「♪モンスター」は110万枚を売り上げた
●デビュー3年目の給料は30万円(親への仕送り6万円)
4年目の給料は150万円(親への仕送り30万円)
5年目の給料は350万円に到達(親への仕送り70万円)
この給料がピンク・レディー時代のMAX月給
毎月およそ1/5を必ず両親に渡していた
ピンク・レディーは4年7か月で解散
解散から間もないある日、これまでピンク・レディーとして多忙を未唯mieは久々の里帰り
そこには数えきれないほどのピンク・レディーグッズの数々が飾られていた
父は「デビューしたからには売れなくては」と辺りのレコード屋からレコードを買いまわっていた
未唯mieがデビューさせてもらったことへの責任感からピンク・レディーのレコードを300枚以上も購入し、友人に配り歩いた
さらに実家まで駆け付ける熱烈なファンが訪れた際には彼らを自宅にあげ食事を振る舞っていたと云う
恩返しにある決断をする
ピンク・レディー時代に稼いだお金を両親にすべてプレゼント、その金額4000万円
そして未唯mieのソロ活動がスタート
●大スターが背負った3億円の負債
所属事務所がソロデビューから半年後に倒産
すぐに新事務所を設立したが、マネージャーから持ち込まれた仕事はセミヌード写真集の出版
さらにコールガール役での映画「コールガール」(1982年)への出演
未唯mieが本来行いたかったアーティスト活動とは程遠い仕事
そんなある日未唯mieは1人の男性と出会う
その男は未唯mieの音楽制作にかかわっていたサウンドプロデューサー
仕事上でも身近な存在だった彼は未唯mieにとっていつしか何でも話せる心の支えとなっていった
そしてなにより未唯mieを一人のアーティストとして扱ってくれることが嬉しかった
そして、いつの日か彼へ対する未唯mieの想いは恋心へと変わっていった
そんなある日、未唯mieは重大な告白をする
「私、今の事務所を辞めてもやっていけるかな?」
「もしそうしたいなら俺が全面的にバックアップするよ」
「じゃあ私辞めても大丈夫だよね」
それはビジネスパートナーとしての信頼、そして恋心、2つの感情の中で揺れながら未唯mieが精いっぱいの勇気を絞り伝えた素直な気持ちだった
そして「結婚を前提に付き合ってくれないか?」
「うん」
こうして2人の交際がスタートした
未唯mieが社長に就任したものの、傾斜の経営は信頼する彼に任せていた
するとある日、彼から「ねえ未唯mie家を持つ気ない?」
「事務所は大きな勝負を打つ時に大金が必要になることがあるでしょ。まだ小さな事務所だし信用がないから担保が必要になる事があると思うんだ。だから家とか持っていた方がいいかなと思ってね」
銀行から融資を受けるために担保として家を購入する提案だった
こうして未唯mieは会社の担保用として家を新築
その値段はおよそ4億円
当時住んでいたマンションを売却して頭金を工面、さらに2億円のローンを組んだ
年間50本のディナーショーなど新会社は順調に軌道に乗っていった
そして…社長でありながらアーティストとして多忙を極めた未唯mieは彼に対する信頼から、ある時を境に会社の経営を確認しなくなってしまった
未唯mieと云うトップアーテイストの活躍で大金を動かす事になった
それから徐々に彼の金銭感覚が狂い始めていく
ある日のこと、「会社の信用を得るためにローンを組みたいんだ。払い終わるとローンの枠が大きくなるんだよ」
信用を得るためという理由でその後も何度か同じようにローン承諾のサインを求めてきた
もちろん保証人は社長である未唯mie本人
さらに彼の提案でリムジンを購入
そしてさらに音楽出版社を設立
彼は未唯mieが待ち望んでいた結婚に中々踏み出してはくれなかった
その不安は日に日に大きくなっていく…
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ある日の楽屋でのこと、スタッフから
「最近よく夜に出歩いているのってご存知ですよね(接待でしょ)それが…接待ではなくクラブに通い詰めてるみたいなんですよ。言いにくいんですけど、お目当ての女の子がいるみたいなんですよ」
これまで誰よりも心を寄せていた彼が自分を裏切るわけがない、そう言い聞かせながらも未唯mieはある不安を感じ会社へと駆け付けた
それは長い間見ることがなかった帳簿
恐る恐る開いてみると1度に150万円を超える交際費が月に何度も支払われていた
見れば見るほど使い道がはっきりしない謎の経費が次々発見され、未唯mieはこの時はじめて会社が赤字経営であることを知った
未唯mieはすぐさま彼を呼び出し、説明を求めた
明るみになったずさんな経営
そして女として受けた裏切り
このままだと全てがダメになる、そう考えた未唯mieは
「もうこれ以上会社を任せられない」
「俺をクビにするって事はプライベートの関係も終わるってことだぞ」
「分かってる」
こうして結婚まで約束した彼との関係は終わりを告げた
しかし未唯mieには傷心している暇などなかった
社長として会社の経営状況を確認するため、税理士を呼んだ
「現段階で未唯mieさんが背負っている負債は3億です」
設立当初購入した家のローンはもちろん、税金や公共料金、人件費の未払いが発覚
未唯mieは会社をつぶすわけにはいかない、そんな思いで会社の経営立て直しに奔走する
この時残された財産と云えば4億円で購入した自宅のみ
しかしバブル崩壊後、2億で売りに出しても買い手がつかない状況だった
さらに未唯mie名義の土地が静岡にあることを知らされる
ピンク・レディー解散後に両親に送った現金4000万円
両親はそのお金で土地を購入
何かあった時のためにとその名義を未唯mieの物にしていてくれた
この土地を担保に入れれば税金の支払いを待ってもらえる
ただ万一未唯mieの支払いが滞れば両親は住む場所を失う
「その土地は担保に入れません!何としてでもお返しします。今月から滞った分も絶対にお返ししますから」
4億で購入した自宅を出て、小さなアパート暮らしをスタート
さらに未唯mieは日々ステージに立ちながらも社長として彼に任せっきりだった会社の経営もこなす毎日
それはかつて活躍したピンク・レディーの時と同じように1日たった2時間の睡眠時間で仕事に打ち込んでいった
そして返済し始めて2年…経営危機を脱し見事に会社を立て直した
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