誰だって波瀾爆笑で紹介
●意外な才能を発揮する劇団ひとりの半生
1977年、千葉県 川島家の二男として生まれる
本名は川島省吾
父は国際線パイロット、母は元キャビンアテンダント
芝生の庭に白いブランコが揺れ、
毎年 家族で海外旅行に行くという上流な生活を送っていた
小学生の時、父の転勤で引っ越したのがアメリカのアラスカ州
小学校3年生にして6年生に飛び級する秀才だった
そんな中、アラスカでよく遊んでいたのが、村主章枝
10歳になるとアラスカから帰国、再び地部県の小学校に編入
ところが進み方が早い日本の小学校の授業について行けず落ちこぼれる
高校時代、ヤンキーに憧れた省吾は、わずか半年で自主退学
翌年、改めて定時制の高校に通い始めた省吾が憧れを抱いたのはお笑い芸人
友人を誘って「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「お笑い甲子園」に出場
省吾の作ったネタは大好評、16歳にして太田プロダクションに所属
1993年、新たな相方と「スープレックス」を組み、芸人デビュー
23歳の時に、相方の一身上の都合により突然のコンビ解消…
ピン芸人として生きていくことを決意
新たな芸名をインターネットで募集、紆余曲折ありながら「劇団ひとり」に決定
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